研究概要
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 癌の診断法や治療法にはそれぞれ多くの方法があり,それらは単独であるいは組み合わせによって実施される.しかし,いずれにも共通する問題点は,どの方法も絶対的ではないということである.すなわち,ある一つの方法で目標とする癌の確定診断を下すことは一般的に難しく,また早期発見など特別な場合を除いて,一つの手段で目標とする癌の完全治癒を達成することもできない場合が多い.われわれは,これらの問題を改善するために,腫瘍組織で比較的大量に産生・発現される腫瘍関連抗原(CEA,MK-1,TSP-1など)を標的とし,それに対する抗体および抗体遺伝子を利用して,癌に対する各種の診断法や治療法の癌特異性を高める努力を続けている.

1.腫瘍関連抗原の免疫化学的・分子生物学的解析

1)腫瘍関連抗原(CEAやMK-1あるいはTSP-1)に対するマウス/ヒトモノクローナル抗体の作製とエピトープ解析

2)腫瘍関連抗原(CEAやMK-1あるいはTSP-1)に対するマウス/ヒトモノクローナル抗体の可変部遺伝子単離と単鎖抗体の作製

2.腫瘍関連抗原を標的にした癌の免疫診断

1)生化学的診断法

 この場合,標的とする腫瘍関連抗原はしばしば腫瘍マーカーと呼ばれる.血液やその他の体液の濃度測定を通じて,癌の確定診断における補助指標として,また各種治療後の経過観察の指標として広く利用されている.われわれは新しい腫瘍マーカーMK-1 (=17-1A)の測定キットの開発をすすめている.また,腫瘍マーカーは最近では癌の遺伝子診断にも利用されており,とくにRT-PCRによるCEAやMK-1遺伝子の検出に基づく微小転移癌の検索などを進めている.

2)画像診断法

 CEA や MK-1 (17-1A) に対するヒトモノクローナル抗体を作製し,副作用の少ない免疫シンチグラフィーによる癌の早期診断法の開発も進めている.

3.腫瘍関連抗原を標的にした癌の免疫療法および遺伝子療法

 癌の免疫療法を考える場合,癌細胞上に標的となる抗原分子が存在することが大前提であるその場合,標的分子の存在様式として2つの形態が考えられる.一つは,癌細胞自身が細胞内で抗原ペプチドを処理してHLA分子上に捕捉提示している分子であり,細胞傷害性T細胞(CTL)によって認識される分子である.もう一つは,癌細胞がその膜表面上に直接発現しているいわゆる腫瘍関連抗原で,HLA分子の発現とは無関係であり,通常抗体によって認識される分子である.前者を標的とする免疫療法は,癌ワクチンをはじめとして活性化CTLの誘導を目指している.しかし,癌症例ではしばしばHLA分子の発現が抑制されており,いかに強力なCTLが誘導できても,癌組織では多くの場合抗原ペプチドを提示できないという致命的な問題点が残されている.このような観点から,我々はやはり抗体が認識する癌細胞表面上の腫瘍関連抗原であるCEAや17-1Aに注目し,それらに対する抗体や抗体遺伝子を利用した癌の免疫療法および遺伝子療法の確立をめざしている.

1)免疫療法

 抗体自身の応用:人体にとって副作用の少ないヒト抗CEAあるいは抗MK-1抗体による免疫療法を目指している.抗体を利用する場合,単独で投与する場合と薬剤を結合した複合体を使う場合がある.複合体を使う方法としては,抗癌剤や毒素を結合する化学療法やラジオアイソトープを利用する放射線療法が一般的であるが,我々は,光感受性製剤/超音波感受性製剤と抗体を結合して癌組織に集積させたあと,光線や超音波をあてて癌細胞を殺す試みにも成功している.

 抗体融合タンパクの応用:抗体とBRMとの抗体融合タンパクも研究されている.我々は,抗体/IL-2融合タンパクを作製し,その抗腫瘍効果を証明している.また,スーパー抗原の一つであるブドウ球菌腸管毒 (SEA) との融合である抗体/SEA 融合タンパクも開発し,大きなT細胞レパートリーをHLA 非拘束性に癌細胞に集積する方法として注目されている.

2)遺伝子療法

 直接療法における抗体の応用:直接療法とは,その産物が一次的あるいは二次的に癌細胞を傷害することができる遺伝子を,直接癌細胞に導入する方法である.使われる遺伝子には,自殺遺伝子と呼ばれる遺伝子や癌抑制遺伝子などがある.癌細胞ないし癌組織への遺伝子導入には,通常レトロベクターなどのウイルスベクターが用いられるが,その場合の大きな問題点は,癌細胞だけに遺伝子を導入することができないということである.その癌特異性を高める方法として,ウイルスベクターの本来の向性tropismを修飾する方法がある.レトロベクターの場合,遺伝子工学的にエンベロープ・タンパクに腫瘍マーカーに対する抗体のscFvを組込み,癌細胞特異的に自殺遺伝子などを効率よく導入する方法である.我々は,抗体のscFvをレトロベクターの表面に組込み,自殺遺伝子の一つであるiNOS遺伝子を癌細胞に特異的に導入して傷害することを証明している.

 間接療法における抗体の応用:間接療法とは,生体の免疫機能を賦活できる物質の遺伝子を種々の細胞に導入し,抗腫瘍免疫能を亢進させて間接的に腫瘍を傷害する方法である.遺伝子を導入する細胞は,大きく分けて免疫細胞と癌細胞に分けられる.免疫細胞では,CTLや樹状細胞などが主流である.使われる遺伝子は,サイトカインや腫瘍マーカー,あるいは共刺激分子や組織適合性抗原などの遺伝子である.これら間接療法の一般的な問題点は,いくら免疫機能を高めても,前述したように最終的な標的である腫瘍細胞でHLA分子の発現低下があり癌ペプチドの提示ができない場合がしばしばあること, また遺伝子導入したCTLが目的の癌組織に期待したほどには戻らないことである.これらの問題を解決するために,やはり腫瘍関連抗原そのものを標的とし,抗体分子でCTLを確実に癌組織に集積させる方法が考えられている.すなわち,抗体のscFvを膜結合型にして免疫細胞に発現させる方法である.我々も,抗体のscFvとCD3分子の一部を遺伝子レベルで結合したキメラレセプターをT細胞に発現させ,癌細胞の周囲に効率よく集積することを証明しており,今後,有力な遺伝子療法として期待される.


Updated: October 25, 2008.

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