福岡大学医学部 内分泌・糖尿病内科学講座

第4回 教授の独り言(2021.8.)

今回は、読書の話をしたいと思います。皆さんはどうやって気晴らしをしていますか?忙しい毎日を送っていると、良いこと、嫌なこと色々起きますね。現実から離れる時間を持つことは、医師としての集中力や冷静さを保つために重要です。その目的を果たすのに最もふさわしいのが読書だと私は考えています。そんな時間があったら論文を読んで勉強しなさいという声が聞こえてきそうですが、私が医学生や研修医時代に読んでおくべきと思う作品を折に触れて紹介したいと思います。まずご紹介したいのが、松本清張の“或る「小倉日記」伝”です。第28回芥川賞を受賞した、松本清張の出世作です。清張は、40歳を過ぎてから作家デビューを果たしています。清張は福岡・小倉の出身で、多くの作品に九州が登場し、有名な推理小説「点と線」も福岡が舞台となっています。

森鴎外が文豪であるだけではなく陸軍軍医総監まで登り詰めた人物であることはご承知だろうと思います。鴎外が、小倉に陸軍第12師団軍医部長として明治32年から3年間単身で赴任していたことをご存知でしょうか?左遷であったと考えられていますが、この3年間に「小倉日記」というものを鴎外は書いていて、その原稿が行方不明になっていることから、この空白を埋めようと奔走する若者を主人公とした短編小説です。昭和13年~25年の小倉が舞台となっています。主人公への社会的偏見や理解者の助けが描かれると共に、多くの医学に関する記述が出てきます。努力をすることの意味は何なのか、ひたむきに何かに打ち込む意義は何のかを深く考えさせられる作品です。目標を見失いそうになった時、心が折れそうになった時、努力が実を結ばなかった時、繰り返し読んできました。これからも何度も読み返すことでしょう。自分と向き合い、人間としての幅を広げてくれるのが読書だと私は思っています。私が皆さんの世代の頃は、当直中が読書をする絶好のチャンスでした。

今でも小倉城に鴎外が勤務していた旧陸軍第12師団司令部の正門跡が残されています。私は福岡大学に赴任した2019年に、初めてここを訪れました。東京を離れて、どんな思いで鴎外は単身、小倉で勤務をしていたのだろう、そして清張が何を夢見て、何を伝えようとしてこの小説を書いていたのだろうと思いを巡らせました。“或る「小倉日記」伝”は、得られる結果が不確実であっても挑戦することに意義があること、損得を顧みずに自分に与えられた課題、職務に取り組むことの大切さを教えてくれた一冊です。

現実から離れる時間を持たないと、仕事も行き詰ってしまいます。若い医師の皆さんも患者さんの痛みや苦しみを理解しなければならない立場である以上、読書をして視野を広げておいた方が良いと思います。同じ本であっても、医学生、研修医、専攻医と、ステージが違えば受け取るメッセージは異なります。それが読書の魅力だと思います。皆さんはどんな本を読んでいますか?いつか皆さんのおすすめの一冊を私に教えて下さい。

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