福岡大学医学部 内分泌・糖尿病内科学講座

第9回 教授の独り言(2021.12.)

ドクターコールの思い出

数年前の秋深まるころ、私はジュネーブ出張を終え、帰国の途に着いていました。ロンドンのヒースロー空港で乗り継いで、羽田行の飛行機に搭乗していました。離陸後、食事のサービスが終わって、時差ボケもあったので、そのまま寝ていたようです。眠りは深かったと思うのですが、「お医者がいらっしゃいましたら、客室乗務員にお知らせください」という機内アナウンスで目が覚めました。職業柄、如何なる環境であっても、そのようなコールには反応するように身体が出来ていることに自分で少し驚きました。ちょうど、私の席のそばを客室乗務員の方が通りかかったので、「何かお手伝いできることがありますか?」と呼び止めたところ、すぐに後方のギャレー(食事やドリンクの準備をするスペース)に案内してくれました。そこには、急患用の簡易ベッドが敷かれ乗客の方が横たわっていました。頭痛が強くうずくまっていました。今までに同様の症状を経験したことがないとのこと、痛みがかなり強い様子でした。国際線の機内には聴診器(エンジン音にかき消されない特殊設計です)や血圧計などの診察道具が搭載されていることを私は知っていたので、すぐに出してもらい診察しました。麻痺はなく、症状からはある種の片頭痛発作のようでした。印象的だったのは客室乗務員の方々の勇敢な対応です。バイタルサインもしっかり記録して、私の診察のサポートをして下さり、まるで看護師さんと働いているようでした。これには感激し、日本の航空会社は教育がしっかりしていることを肌で感じた瞬間でした。必要な鎮痛剤があいにく機内にはなかったのですが、客室乗務員の方が乗客の中から持っている人を見つけ出してくれました。ちょうどヘルシンキの上空を通過している時だったのですが、シベリア上空に入ると降りるところがないので、引き返す必要はないかと機長が心配していると伝えられました。生命の危険はないので、このまま羽田に向かって大丈夫だろうとお伝えしました。1時間ほどで患者さんも具合が良くなり、席にお戻りになりました。チーフパーサーをはじめ、客室乗務員の方々が代わる代わる席まで挨拶に来て下さり、大変恐縮しました。心強かったと言って頂きましたが、その言葉はご協力くださった皆様にお返ししたいと思いました。一人では何も出来ないと気づかされた経験でした。チーム医療は空の上にも存在するようです。航空会社から届いた感謝状は宝物として大切に保管しています。

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