縦隔とは、左右の肺と胸骨(胸の正中にある骨)、背骨に囲まれる部位です。縦隔には心臓、大血管、気管、食道、胸腺、リンパ管やリンパ節、神経などが存在します。また部位によって上縦隔、前縦隔、中縦隔、後縦隔に分けます。図1
縦隔に発生する腫瘍の総称で、発生部位により上縦隔腫瘍、前縦隔腫瘍、中縦隔腫瘍、後縦隔腫瘍と分類します。上縦隔・前縦隔・中縦隔・後縦隔に存在する臓器はそれぞれ異なるため、好発する腫瘍が異なります。また良性のものと悪性のものがあります。代表的なものを表1に示します。(ただし、気管腫瘍や食道腫瘍は縦隔腫瘍には含めません。)
上縦隔 | 縦隔内甲状腺腫、胸腺腫 など |
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前縦隔 | 胸腺腫、胚細胞性腫瘍、胸腺のう腫、心膜のう腫、悪性リンパ腫 など |
中縦隔 | 悪性リンパ腫、気管支原性のう腫 など |
後縦隔 | 神経原性腫瘍、食道のう腫 など |
*上記は代表的な疾患であり、他にも縦隔に発生する腫瘍があります
症状は様々で、症状が全くなく検診のレントゲン写真で偶然発見される場合や、腫瘍が大きくなり呼吸困難や胸部圧迫感を来たす場合、顔や両腕のむくみを伴う場合などがあります。また、胸腺腫では重症筋無力症の症状を呈する場合もあります。重症筋無力症とは、胸腺腫の方の約20%に合併する疾患で、代表的な症状はまぶたが落ちる、ものが二重に見える、握力や腕力が低下する、飲み込みにくいなどがあり、特に午後や夕方になると症状が強くなり、休憩すると回復するのが特徴的です。
縦隔腫瘍に対する治療法は、手術、化学療法、放射線療法が主です。具体的には各疾患で異なり、これらの治療法を単独または複数を組み合わせて行います。多くの縦隔腫瘍に対しては診断と治療を兼ねて手術を行います。切除した腫瘍の最終的な病理学的診断によっては、化学療法や放射線治療などの追加治療が必要な場合もあります。また悪性胚細胞性腫瘍は化学・放射線治療が主な治療法となるため、画像や臨床像から同疾患が疑われる場合は前述の生検を先行し、病理診断が確定してから治療を開始します。
手術は胸腔鏡を用いて腫瘍を切除する(胸に1cm大のあなを3~5個あけ、カメラで見ながら細長い手術器具を用いて切除します)場合と、胸骨正中切開(胸の正中を頸の下からみぞおちまで切開します)や側方開胸(胸の横を切開します)で切除する場合があります。当院では腫瘍が小さい場合や、他臓器浸潤を伴わない場合(隣接している臓器に広がっていない)は積極的に胸腔鏡下手術を行っています。一方、腫瘍が巨大な場合や、他臓器に浸潤している(隣接している臓器に広がっている)場合は胸骨正中切開や側方開胸で腫瘍を切除します。また大血管や心臓への浸潤を伴う腫瘍に対しては、人工心肺を用いて腫瘍切除を行います。
胸腺は縦隔の前方、胸骨の裏に位置する臓器で、新生児期から幼少期にかけて、免疫機能が成熟するための中心的役割を担っています。そのため新生児期から乳児期に最も活発に機能しており、思春期以降は免疫機能の成熟が徐々に不要になるため次第に萎縮し脂肪に置き換わります。
胸腺腫とは、胸腺に発生する腫瘍で縦隔腫瘍の中で最も頻度が高く、しばしば重症筋無力症や赤芽球癆などの他の病気を合併する疾患です。胸腺腫のある患者さんの20%弱に重症筋無力症を、約5%の方に赤芽球癆を合併するとされています。一方、重症筋無力症の患者さんでは、約20%に胸腺腫を合併するとされています。
筋肉の疲労を来たす疾患で、まぶたが落ちる、物が2重に見える、握力・腕力の低下、物が飲み込みにくい、疲れやすいなどの症状があります。症状は1つのこともありますし、複数の症状が出る場合もあります。
通常体内では自分の体を守るため、体内に侵入してくる外敵に対し抗体が産生されます。ところが重傷筋無力症では自分に対する異常な抗体(抗アセチルコリン受容体抗体)が産生され、神経と筋肉の接合部に存在する受容体に接合することで、神経から筋肉への正常の伝達が妨げられます。これが筋力低下の原因と考えられています。そして、この異常な抗体の産生に胸腺が関与していると考えられており、重傷筋無力症の患者さんに対しては拡大胸腺摘術(胸腺と周囲脂肪を広範に切除します)を行います。手術により症状の緩和が期待できる場合もありますが、症状緩和が期待できない場合があります。特に期待できるのは、抗アセチルコリン受容体抗体が陽性の場合です。抗アセチルコリン受容体抗体は血液検査で分かります。
血液の中には数種類の細胞が存在しますが、その中の一つである赤血球は酸素と二酸化炭素の運搬を担っています。赤血球は骨髄で造血幹細胞から赤血球系幹細胞、赤芽球などの段階を経て成熟した赤血球になります。赤芽球癆はこの赤血球系幹細胞に対する異常な免疫によると考えられており、重傷筋無力症と同様に胸腺腫も関与していると考えられています。しかし赤芽球癆に対する胸腺摘出術の効果は確立されておらず、治療は主に免疫抑制剤が使用されます。
画像診断が主で、健康診断の胸部レントゲンや、他疾患の評価で撮影したCTでたまたま指摘される方もいらっしゃいます。胸腺腫はCTで前縦隔に充実性の腫瘍を認めることが多く、小指頭大の小さなものから肺や大血管などの周囲臓器に浸潤(周囲に広がっていくこと)するもの、播種(胸のなかで腫瘍細胞がまき散らされ、肺や横隔膜の表面にも存在する状態)を伴うものもあります。
胸腺腫の進行の程度は正岡分類という分類が広く用いられています。表のように病期(ステージ)ⅠからⅣbまであり、Ⅰが最も早期でⅣbが最も進行した状態で、その後の経過と相関します。術前に判定した進行度で治療方針が異なるため、画像検査が重要になります。またCTガイド下生検や手術で切除した腫瘍を顕微鏡で観察し、その特徴から分類するWHO分類もあります。
表 正岡分類(胸腺腫の進行度)
胸腺腫は被膜という膜に包まれています。この被膜を破って周囲臓器に浸潤していないか、腫瘍細胞が胸腔内にまき散らされていないかなどが進行度の基準になります。
病期 | - |
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Ⅰ | 腫瘍が被膜で覆われているもの |
Ⅱ | 腫瘍が被膜を破って周囲脂肪組織に浸潤しているものや、被膜に浸潤しているもの |
Ⅲ | 心膜(心臓を包む膜)や肺、大血管などの隣接臓器へ浸潤しているもの |
Ⅳa | 胸膜播種(胸のなかの肺や横隔膜の表面などにまき散らされている状態)、または心膜播種(心臓を包む袋の中に腫瘍細胞がまき散らされている状態) |
Ⅳb | リンパ流に乗ってリンパ節に転移している、または血流に乗って他臓器に転移しているもの |
治療は病期により異なりますが多くが外科的切除の適応になります。外科的切除は胸腔鏡下に行う場合と胸骨正中切開や開胸で行う場合があります。術前のCTで腫瘍が小さく、周囲に広がっていない場合は胸腔鏡下切除を行いますが、腫瘍が大きい場合や、重傷筋無力症を合併している場合などは、胸骨正中切開で手術を行います。特に重傷筋無力症を合併している場合は、胸腺周囲の脂肪も含め広範囲に切除します(拡大胸腺摘出術)。また、肺や大血管、心臓などの周囲臓器に浸潤するものに対しては、周囲臓器も合併切除・再建を行う場合もあります。心臓を開く必要がある場合は人工心肺を用いて手術を行います。
進行例では術前または術後に化学療法を行うこともあります。化学療法は数種類の抗癌剤を組み合わせて投与します。また術後に腫瘍が残存する場合は放射線治療を行うこともあります。
前述したように胸腺は免疫機能において重要な役割を担っていますが、思春期以降であれば胸腺を切除することで免疫不全になることはないとされています。
胸腺に発生する悪性腫瘍で、画像診断で腫瘍の局在を確認し、生検、手術により診断が確定します(画像のみでは胸腺腫との鑑別はできないため、組織を採取する必要があります)。治療は外科的切除、化学療法、放射線治療を組み合わせて行います。
のう胞とは液体が貯留した袋状のもので、腫瘍ではなく組織奇形の一種と考えられています。縦隔腫瘍のうち、胸腺腫の次に切除症例が多いのが先天性のう胞です。先天性嚢胞はその発生する臓器により、気管支のう胞、心膜のう胞、胸腺のう胞などがあり、通常胸腔鏡下に切除します。
多くが若い男性で、胸腺(前縦隔)に発生します。臨床的に良性胚細胞性腫瘍と悪性胚細胞性腫瘍に分けられます(表2)。奇形腫は良性の成熟奇形腫と、良性と悪性の中間の性質をもつ未熟奇形腫、悪性奇形腫に分類されます。また悪性胚細胞性腫瘍は予後の比較的よい精上皮腫と、それ以外の非精上皮腫に分類されます。
良性胚細胞性腫瘍 | 成熟奇形腫、 未熟奇形腫(良性と悪性の中間) |
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悪性胚細胞性腫瘍 | 精上皮腫 (セミノーマともいいます) 非精上皮腫(非セミノーマ) 胎児性癌、 悪性奇形腫、 卵黄嚢癌、 絨毛癌 |
治療は良性胚細胞性腫瘍に対しては外科的切除術を行い、悪性胚細胞性腫瘍に対しては主に化学療法あるいは放射線療法を行います。特にセミノーマは化学療法、放射線治療に対する感受性がよく、手術を行わなくても治癒する症例が多いとされています。
造血・リンパ組織から発生する腫瘍です。治療は化学療法が主で、胸部に発生した場合診断目的に胸腔鏡下生検を行うことがあります。また良性疾患のCastleman腫瘍のうち、限局型については外科的切除の適応になります。
神経細胞(神経節細胞)や神経線維(神経鞘)から発生する腫瘍です。神経細胞からは神経節細胞腫や神経節芽細胞腫、褐色細胞腫などが、神経線維からは神経鞘腫や神経線維腫などが発生します。胸部には肋間神経や交感神経、迷走神経、反回神経、横隔神経などの神経が存在し、それらの神経から腫瘍が発生します。いずれも外科的切除が第一選択となり、特に腫瘍が小さく良性腫瘍が疑われる場合は胸腔鏡下に摘出します。通常、診断と治療を兼ねて手術を行い、最終的に切除標本で最終診断が得られることが多いです。
通常甲状腺は頚部にあるため、甲状腺腫は頚部腫瘤を呈しますが、縦隔内に存在するものがあり、それらを縦隔内甲状腺腫といいます。頚部甲状腺と連続するものと、甲状腺と完全に分離し、縦隔内に迷入した甲状腺組織から発生するものがあります。一般的に良性のものが多いですが、悪性の可能性もあることと、増大した場合に気道を圧迫する可能性があるため外科的切除術を行います。